(一日目)
 たったひとつの空白はすぐに空へと還らない。決まってなにかを引き連れて、地中でしばらく過ごす。ぼくもそのひとつ。ここしばらくのあいだ、得体のしれない空白と共に生きている。だが、空白を一度も目にしたことがない。だってさ、あいつ、声だって出さないもんだから、見つけようがないのさ。え?もっと努力をしなさい、だって?ぼくだって、懸命にあいつを探しているつもりさ!けども、一向に相手は姿を現さない。だから、たまに自分が変な人になっているような感覚に陥る。

「ねえ、きみは生きているの?それとも、死んでいるのかい?」

 ましろの壁に向かって問う(さも当然のようにあいつは全く反応しないが)。殺伐とした部屋にはぼく一人だけに見える。

「きみは、どこにいるの?ああ、違うな。きみは、どこへいったの?というほうがしっくりくるなあ」

ぼくの声が響く。奴は現れない。しかし今回は変化があった。しばらくすると、嗚咽が聞こえはじめたのだ。それは、ぼくの近くからだ。

「はやく、あいたいの、ねえ」

涙で震えて、ゆれた声は、ぼくのものだった。

結局、空白とは今日もあえずじまいだ。










(二日目)
 突然、ふわりとした風で身体を包まれた。普段ならば、風を体感できると心地よくなる。しかし、先ほどの風には悪寒がしたのだ。とりたてて冷たいそれではなかったはずだ。
 はっとして部屋を見渡す。きちんと鍵まで閉められた窓に気がついた。うそだろう。風がふいたはずだ。なぜだ。あの風はどこからはいってきたのだろう。

「あ、もしかして、お前か」

 ぽつり、と一言こぼす。ああ、そうか、そうだったのか。
 最近、奴を探す行為をしていなかったため、すっかり奴の存在ごと頭の中から飛んでいた。

「ああ、よかった、忘れなくて」

今度は自分に言い聞かせるように言った。

なぜか涙が溢れてきた。










(三日目)
 空白は突然「OK」というときがある。正確にいうと、ウェブ・ページを通じてそれは伝わってくるのだ。

「なんだよ、急に」

 ぼくは相も変わらず空白という謎に苛まれている。すでに存じておられるだろうが、一応文字にしておこう。
 空白はぼくのことなんてお構いなしだから、遠慮という言葉をこいつは知らないのではないかと思ってしまう。けれども、決して声に出していうことはできない。なぜならば、こいつはショックに弱いからだ。少しでも傷を負ってしまうと、見えない空気に溶け消失してしまう。

「消えないように、大切にしたらお前は救われるのかい」

 もちろん、奴からの返答はない。そのかわり、再びウェブ・ページ上に数字が点滅した。ぼくはそれをみて、なんともいえない心持になった。










(四日目)
 なぜかぼくは、家の鍵を握りしめたまま傘もささずに雨の中を歩いていた。そうすると、大通りにさしあたったので、横断歩道を渡ることにし、信号が青になるのを待っていた。そのときだった。ぼくの足元には浅い水溜りが2つあった。どちらもアスファルトの色だけを持っていた。本来ならば、空やぼくの足なんかも映し出しているかもしれない。しかし、それは雨を降らせている空の色にもない、ただどす黒くごつごつした様をしていた。それをじっと見つめていたら気がゆるんでしまい呆けていたが、ぽちゃん、と音がしたのではっとなった。今度は水たまりを凝視するように覗き込んだ。すると、手中にあったはずの鍵が水溜りにしずんでいた。

 信号が青になった。一台の車が急ブレーキをかけて停まったのに気がついたためわかったのだ。この信号は急カーブの先にあるので、どんな運転手も大抵ラインの直前であわててブレーキをかける。

 ぼくは素早く鍵を拾うと、再びそれを握りしめた。そして平然を装いながら、横断歩道を渡らずにもと来た道を引き返した。

「(そうだ、家に帰ろう)」

 握りしめた鍵はすぐに手中で暖まった。その温度を確かめながら、「ぼくには帰る家があるじゃないか、途方に暮れるような散歩なんてもう止めよう」と思った。

 そういえば、空白には家があるのだろうか。あ、そうだ。今、ぼくと一緒にいるということは、ぼくの家イコール空白の家なのだろうか。けれども、奴はきっともといた場所にかえりたいと願っていることだろう。住み慣れた土地で、体中にしみつき慣れ親しんだ生活を送りたいのだろうな。

 空白が無事かえっていくまで、ぼくは空白を忘れずに、見守っていようと心に決めた。










(五日目)
 明日、空白がかえっていくらしい。昨日、本人がウェブ・ページ上でいっていた。真実かどうかは明日をむかえてみなければわからない。

「案外、淡泊な性格なのね、お前は」

 ぼくを存分に悩ませていた空白は、明日かえっていくらしい。だから、あとは少しも残らずに、もどっていって欲しいと願うのみだ。

 明日ようやく、空白を忘れられる。奴についての事柄は、全てを一挙に消去しよう。
 ぼくは何度も空白の発した言葉を確認した。そして、その都度深いため息をついた。










(六日目)
 空白は本当にかえっていったらしい。なぜそれがわかったのかというと、代わりにあの子の姿がきちんともといた場所に在ったからさ。彼女はふんわり笑っていた。失踪前と変わっていたことは、少しだけ声が小さくなったことぐらいだ。

 空白から解放された、彼女は生きていくことを自身の力で決めたのだ。






クエスチョン・マーク(2009/10/19)
※空白は、彼女とぼくの心にあいた穴です。