ぼくはしらなかった。
朝日をあびて歌い出す小鳥のさえずり。
はしゃぎ回る子どもたちの明るい笑い声。
手と手が弾き交わす高らかな音。
隣の家の犬の遠ぼえ。
様々な靴が奏でる足音。
大きな口を開けてどなる声と弱いものを殴る瞬間の叫び声さえ、ぼくはしらなかった。 ぼくはしっていた。
体温で伝え合う感情。
手と心の温もり。
今日のあの子のこころ。
風が運ぶ季節。
土の匂いに包まれているいのち。
笑顔の大切さは、恐いくらいしっていた。 君はそんなぼくの隣に座って「あなたがうらやましい」とつぶやいた。ぼくは心底驚き、曇り空のような色をした君の目を素早く捕えた。見慣れている君の行動ひとつひとつを覚えてしまっているぼくには、かすかな口の動きさえ手に取るようにわかってしまう。
「あなたは本物を知っているからね。あなたがもし、わたしのように歌うなら、“誰か”の気持ちまでうたえてしまうでしょうに。そう、まるで歯がゆい思いを代弁するようにね」
君は言い終えるとすぐに、口元を緩めて微笑んだ。ぼくには曖昧な君の不安が見て取れた。
ぼくは、はっきりと発音できるように、大きく口を動かして、「君にはずっと歌って欲しい」と言った。そして君は、潤んだ瞳を空へ向けて、立ち上がった。
歌が始まった。 泣き、笑う君が発するひとつの音楽をぼくは静かに聴く。君の顔を見なきゃ伝えたいものはわからないはずなのに、ぼくは三角に足を折り曲げて座っている膝に顔を埋めて耳を傾ける。 風が終わりを告げ、君はぼくの肩を2回軽く叩き、ぼくの顔を覗き込む。 「ありがとう」
歌と風と共に、君の笑い声が聞こえた。
君の歌だけ延々繰り返す(2007/03/21)
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